WBSS決勝について

この事実がどれほど凄い事なのか、上手く伝える言葉が見つかりません。

それ程、井上尚弥選手が、ノニト・ドネア選手を倒した、勝ったという事は凄い事なのです。

これまでのドネア選手を見てきて、「閃光」の鉢巻きを巻いてリングに向かう姿や、リング上での戦い、リングを降りてからの振る舞いと、世界のトップ・オブ・トップにふさわしい生き様のようなものを感じてきました。

 

あのドネア選手に勝つ日本人が現れるなんて。

 

…でも戦前の私の予想は「井上選手の5RKO勝ち」だったんですけどね。

ところが試合が近付くにつれて「ひょっとしたらやっぱり苦戦するんじゃないか」と思い始め、結局その通りになったわけですが。

 

モンティエル選手を倒した「遅れ死角左フック」を先に打たせて、スピードで上回る井上選手がそれよりも速く右のカウンターを入れてKO。相手のお株を奪っての「世代交代」と見ていました。

 

ところが。

 

準決勝でドネア選手が見せたような、何度も相手の「正面の正面」に入ってしまうような事はほとんどなく、わずかに長い自身の距離とボディワークをうまく使いながら、素晴らしい集中力と技術を見せてくれました。

 

「ドネアが全盛期だったらどうなっていたか」

というコメントを何度か目にしましたが、私の中でベストバウトだと思っているシドレンコ選手を切り刻んだ試合と、同等のパフォーマンスを見せたと思っています。

確かにスピードは落ちました。

踏み込みの速さも落ちています。

その分、頭の位置、身体の向き、足の位置の持って行き方が秀逸で、試合中に何度も「うまいなぁ」と唸らされました。相手のベストショットを許さない。

 

「左のボディショットが来るようなら、いつでも左フックを合わせるよ」

といったメッセージを感じながらの試合で、実際に井上選手は左ボディが打てませんでしたね。

 

井上選手側としては、前半のラウンドで遠目からパンチを当てて、少しずつ削ってから距離を詰め、左フックの内側に入ってボディを打つ作戦だったのではないかと考えます。

しかし、2Rの左フックでプランが狂ってしまいました。

スローで見ると、あの距離であんなにナックルが返るフックをまともに浴びてしまったのだという事がよく分かります。

 

普通の選手なら、あれでKOされています。

 

しかし、今回は相手を蹂躙するように倒すのではなく、耐久力で「モンスター」である事を証明した試合になりました。

 

食らった後すぐに「ニシオカ状態」になってしまったのが分かりました。傷を隠し、自分から視界を遮るべく右のガードを顔に付けた時点で確信。同時に「負けるかも」と思いました。

 

過去にもコウジ・カズの有沢兄弟が試合を行い、最初に出てきたカズ選手が負け、メインのコウジ選手も畑山選手にTKOされたシーンが頭をよぎります。

「井上家にとって最悪の一日になってしまうのではないか?」

 

それでも。

 

その後、もう一度立て直してジャブから入り始め、9Rには初めてのダウン寸前を経験しながらも、11Rについに左ボディでダウンを奪うという、正直「離れ業のオンパレード」で勝利とは、本当にモンスター、恐れ入りました。

 

井上選手の技術の高さは、距離のつかみ方と出入りの角度にあると思っています。

準決勝のパヤノ戦のように、サウスポーの逆サイドから入って、相手の内側からパンチを当てるなんて、普通では出来ません。難しい事を、いとも簡単にやってのけるように見えるところに凄みを感じます。

確かにパンチ力はありますが、私は「パンチ力を伝える技術を持った選手」だと感じています。

力んでもダメ、抜きすぎてもダメ、タイミングが合わないとダメなのを、しっかりとフォーカスする能力。素晴らしいです。

 

さて。

 

これで次にどうするかが楽しみになりますが…

 

やはり眼窩底骨折でしたか…。

傷が開いた事よりも、眼球が大きくなっているように画面で見えたので、やったかな、とは思っていましたが…しかも鼻も折れてましたか。

世界の超一流に勝つために、支払った代償は大きかったですね。

まずはゆっくり休んでほしいです。たぶん3試合分の疲労があると思います。

 

そして振り返ってみると、この試合で一番大きかった事。それは…

 

9Rにダウンをしなかった事。

 

倒れ癖のようなものが付くと、不思議なぐらいにパンチを浴びるようになります。

長谷川選手がそうだったように、あれほど距離を操っていた、ディフェンスに長けた選手でも、モンティエル選手との試合の後、驚くほど被弾を正面からするようになってしまいました。過去の名ボクサーたちの中でも、そういった選手を散見します。

 

どうか井上選手が、こちらの予想をさらに超えるモンスターであるよう、願ってやみません。

いや、井上選手ならきっと大丈夫。

「日本ボクシング史上最高傑作」なのですから。